保育園に入れるのは子どもが可哀想?「産んだからには自己責任」との狭間の中で②

保育園に預けることに対し、

  1. 片方が稼いでくるなら不要だ
  2. 預けてまで働きに出るなんて、子どもが可哀想

という意見を持つ人に対し、前回は①についてお金にフォーカスした話をしましたが、今回は②ついて書きたいと思います。

 

前回の記事はこちら↓

保育園に入れるのは子どもが可哀想?「産んだからには自己責任」との狭間の中で①

 

むしろ、今回書かせてもらうことに関しては「お金のこと以上に価値があるのでは」とすら僕は思っています。

四六時中、育児をしているという現実の辛さ

「仕事と育児はどっちが大変か」という質問を投げかけているTwitterを見たことがありますが、

当初妻は「仕事の方がノルマのストレスが大変、育児や家事の方が気軽で良い」と話していました。

 

元々妻は仕事へのモチベーションは薄く、昇給・昇進へ意欲的に取り組んだり、責任のある仕事をバリバリこなしたりするような働き方を望んでいません。

自分の欲しい物くらいは自分のお金で買いたいと言っているので、専業主婦になるつもりはないようですが、働かずに済むなら働きたくないという考えをもつ人です。

 

そんな妻の口から「もう働きたい」という言葉が出るほど、今の育休中の状態は精神的に辛いようです。

 

保育園に入れるということは、その精神的な辛さを解決するための1つの方法だと考えているのですが、

まずはその辛さが一体どこから来ているのか、妻と話した結果を書いてみたいと思います。

 

常に孤独

子どもと毎日一対一で行われる育児は「当たり前のことをしているだけ」といった誰にも評価されない、閉ざされた環境が出来上がっているようです。

 

僕は日々「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えるようにし、自身も可能な限り育児や家事を分担しているつもりなのですが、

それでも多くの時間を孤独に過ごしていることは、辛さの大きな要因のようです。

 

達成感を感じられない日々

仕事の場合、売上げの数字やこなした仕事の量などの目に見える「成果」や「達成感」があります。

また、仕事で関わる人から感謝されたり、褒められたり、怒られたりと、何らかの「評価」をされる環境にあると思います。

 

育児や家事の場合、黙々とエンドレスにすべきことがあるだけで、いちいち成果や達成感を感じながらこなすものではありません。

 

丸一日育児をしてみれば分かると思いますが、仕事をしていた時よりトータルでは時間に余裕はあっても、何かに集中してしっかり取り組めるほどの時間はありません。

 

日々何も生み出せず無駄に時間を過ごしてしまったという「罪悪感」や「無力感」も感じているようです。

 

2度と社会復帰が出来ないかもしれないという焦燥感

妻は産休・育休を含めて現在11ヶ月目の休業に入っています。

 

今月結果の出た3月からの保育園入園の選考にはあえなく落選し(昨年の10月入園から毎月申込みをしていますが続落している状態です)、もう2ヶ月間の休業が避けられなくなりました。

 

次は入園受入れ人数の多い4月ですが、4月入園も逃すと「今後も永遠に保育園に入園できないのではないか」という不安が募り、「自分はもう仕事に復帰できないのではないか?」という焦燥感にも苛まれているようです。

とは言え、育児休業給付金の受給はもう1年延長ができるので、4月に入園ができなければ、もう1年育休を延ばし、それでも入園できなければ最悪民間の保育園へ入園させることを考えてはいます。

 

その場合は金銭的な面で辛いので、なるべく避けたいところではありますが。

 

ただ、今年の4月入園が叶わなかったら…

さらに最長1年、常に孤独な生活が続いてしまうので、妻の精神状態が心配です。

 

もしかしたら、「産後鬱」の可能性も否めないと妻自身も認めていて、メンタルクリニックを予約していました。

 

産後鬱の可能性については、妻が病院を受診した後にでも書こうと思います。

 

やむを得ない事情がある人以外が保育園に入れることは、悪いことなのか?

仮にお金の心配が全くなく、 どうしても保育園に入れて働きに出る必要がないとしても、上記のような状態が現実だった場合、それでも保育園に入れることは“悪”なのでしょうか?

 

以下、入れることの意義を書いてみます。

 

家族以外のコミュニティと関わるということ

子どもと四六時中常に一緒にいて、世話をし続けることは普通に考えても息が詰まることだと思います。

 

「自分の子どもなのに酷い言い草だ」

と思うでしょうか?

 

もちろん自分の子どもは可愛いですし、誰にも替えられない尊い存在です。

 

ただ、「じゃあどんなストレスにも親なら耐えられる」と言えば、そんなことは有り得ません。

そんなものは幻想です。親といえど人間ですから。

 

そんな時少しの間でも子どもから離れられ、家族以外の誰かと交流出来る時間があれば、精神的な辛さも大分変わってくると思います。

 

親の気持ちに余裕が出れば、結果的に育児にもプラスの面が出るはずです。

 

育児以外の活動をするということ

誰かと一緒に仕事をし、何かを評価されることで、自分の存在意義を感じられる人はたくさんいるのではないかと思います。

 

それが仕事のやりがいであったり、給料という目に見える報酬をもらうということであったり、形は人それぞれでしょう。

 

さほど仕事に積極的ではない妻ですら、それを感じているのですから、

仕事をバリバリしていた人のそれの喪失感は計り知れないものがあるだと思います。

 

育児以外の生きる意味を見出すことは、自身の人生を肯定的に捉える為の大事な要素なのではないでしょうか。

 

子どもにとってのメリット

これは実体験ではなく聞いた話も含めての考えですが、子どもの社会性を育むためにも保育園というのは非常に有効な場所だと思っています。

 

家庭の育児のみだと、どうしても“他者と関わる”という点は乏しくなりがちです。

 

そういう意味で子ども自身にも意味のあることだと思います。

 

終わりに

以上を理由に、例え自分の収入だけで生活ができたとしても、僕は保育園に入れたいと強く願っています。

 

主に妻のメンタル面を考えてですが、僕が妻の立場だったとしても保育園に入れて仕事したいと思うでしょうから。

 

子ども自身の成長にもメリットがあると考えるので、必要以上に可愛そうなどとは思いませんし、「育児をする者、される者」それぞれメリハリのある生活になり、むしろ良いのではないかと思っています。

 

ただ、最後に一つだけ付け加えておくと、仕事もしていないのに保育園に預けるということには少々懐疑的ではあります。(一時保育や病気等やむを得ない事情の場合を除く)

これも価値観なので、外部がとやかく言うことではないかも知れませんが、 さすがに働きに出るわけでもなく、週5で子どもを預けるのはどうなんだ?という感じはします。

 

そもそも国や自治体に認められている保育園は申請に通らないといけないので、仕事していない人が入園するのは難しいと思いますが。

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ABOUTこの記事をかいた人

子どもが産まれたことをきっかけに働き方を見直し、フリーランスSEになった30代の父親。 埼玉県某市在住。 妻と娘(5歳)とペット(フェレット)で、日々悩みながらも楽しく過ごしています。